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福岡地方裁判所 昭和47年(わ)583号 判決 1972年9月26日

被告人 宅野義孝

昭一六・八・二一生 電工

主文

被告人を懲役一〇月に処する。

但し本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和四七年六月一三日午前一〇時五五分頃、福岡県公安委員会が道路標識により駐車禁止の場所として指定した福岡市博多区博多駅前一丁目一一番二七号峰ビル前道路上に、普通貨物自動車(福四〇さ二九―三〇)を駐車中、福岡県博多警察署勤務交通巡視員川崎静香(当二二年)外二名から、右駐車違反を現認され、同所において、右川崎巡視員から、反則行為等の告知のため、自動車運転免許証の提示を求められるや、これを拒否して逃走しようと企て、川崎巡視員に対し、同人が解放された運転席ドアーと車体の間にいるのに同ドアーをしめようとしたので同巡視員が「あなたは暴力を振うのですか」と申し向けたのに拘らず、ぐずぐずいわんで警察に出頭したらよかろうと怒鳴りながら右手で力一杯同ドアーを引きしめ、同巡視員の右肩部をドアーで強打して同人に暴行を加え、もつて同巡視員の前記職務の執行を妨害し、その際前記暴行により、同巡視員に加療約四日間を要する右肩関節打撲の傷害を負わせたものである。

(証拠の標目) (略)

(適条)

刑法第九五条第一項、第二〇四条罰金等臨時措置法第三条第一項第一号(但し刑法第六条第一〇条により昭和四七年法律第六一号による改正前の刑による。)、刑法第五四条第一項前段第一〇条(一罪として重い傷害罪につき定めた懲役刑で処断することとする。)、同法第二五条第一項第一号、刑事訴訟法第一八一条第一項本文。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人有馬毅は、本件川崎巡視員が被告人に対し自動車運転免許証の提示を求めた所為は適法な職務執行とはいえない、即ち反則者においてその提示を拒否するときは道路交通法第九五条第二項によりその提示を求め得るのは警察官に限られているところであり、交通巡視員にはそれを強制すべき権限は存しない。それなのに被告人がその提示を拒否したのに、川崎巡視員が再三執拗にその提示を求めたのはまさに違法な職務執行々為である等々と主張する。

よつてこの点について判断すると公務執行妨害が成立するためには、公務員の職務の執行が適法なものでなければならないかどうかについてはドイツ刑法第一一三条第一項の様な明文のない我が国の刑法第九五条第一項の解釈上説の別れるところであるが、我が国の刑法第九五条第一項の解釈としても右ドイツ刑法のようにその保護の対象となるべき公務の執行は適法なものでなければならないことは国民個人の基本的人権を尊重している憲法第三一条その他の規定からみて明白でありこの点についての弁護人の所論は理由がある。ところで本件川崎巡視員の所為が適法な職務の執行であるかどうかは関係各法令を解釈して客観的に定めるべきであるところ、本件川崎巡視員の所為の根拠は道路交通法第一一四条の四第一項、同法第一二六条第四項同法第一一九条の二第一項第一二六条第一項、福岡県警察本部訓令第一一号、福岡県警察交通巡視員運用規程第二条第一号、第一〇条第一号にあることは明らかであるがこれ等の規定には本件被告人の如き駐車禁止場所違反の反則者があると認めたときはすみやかに告知するものとされているだけで弁護人挙示の道路交通法第九五条第二項の如き運転免許証の提示を求められる明文の規定はないが右告知が誤認告知にならないようにするための手段として運転免許証の提示を求めることができると解釈すべきことは勿論のことであると解されるから本件川崎巡視員の判示の所為は適法な職務の執行々為であるというべく、これに反する本件弁護人の主張は採用できずその余の弁護人の主張も本件各証拠を検討すると採用できない。

よつて主文のとおり判決する。

(参考)

福岡県警察本部訓令第一一号

福岡県警察交通巡視員運用規程

第二条 巡視員の勤務の種別は次の各号に掲げるとおりとする。

(1) 街頭勤務

交通要点において交通監視もしくは交通整理をし、または特定の道路もしくは区域を交通警らして、道路交通法(昭和35年法律第一〇五号。以下「法」という。)第一一四条の四第一項に規定する任務を行なう勤務

第一〇条 巡視員は勤務中に交通違反を現認し、また届出を受けたときは、次の各号に掲げるところにより措置するものとする。

(1) 駐停車違反をした反則者であると認めるときは指導警告または告知すること。

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